市民との対話で化学に理解を

 

日本化学工業協会会長(住友化学工業会長)

香西 昭夫 氏

 A.KOUSAI

 現在の化学業界は、政治・経済全体のグロ−バリゼ−ションの進展や地球環境問題の急速なクロ−ズアップ等によってかつてない大きな変革を迫られている。既存の観念から脱却できず、時代の流れに機敏に対応していけないところは、たちまち世の中の評価を失い、市場からの退場を余儀なくされることになると言って過言でない。当然、各種の化学工業団体の活動にも思い切った改革が強く求められている。激しい環境の変化を的確に捉え、優れた情報を最も効率良く活かしていくところだけが存続を認められることになろう。そこで、世界有数の化学業界団体である日本化学工業協会の香西昭夫会長(住友化学工業会長)に同協会(通称・日化協)がこれから果していくべき使命と当面の課題について話を聞いてみた。

━最近の化学業界の間には、日化協の活動がこの数年で目だって活発になり、また多くの成果も上げつつあると評価する向きが多いようですが……。

 日化協が大きく変わってきたとの声は、この5月に会長に就任する以前からよく耳にしていたし、また、私自身もはっきりそう感じていた。
 これは、これまでの協会首脳の方々や事務局の皆さんが、貿易問題や環境問題など化学業界に深い関わりを持つ諸問題の解決・解消に必死になって取り組んできて下さったからにほかならない。具体例を挙げれば、ウルグアイランド問題への的確な対応、レスポンシブル・ケア活動の強力な推進、各種関連法規制の改善・緩和の促進、HPV(高生産量既存化学物質)の安全性確保への積極的な取り組み、PRTR(化学物質の環境排出・移動登録)制度の確立とその実践、エンドクリン問題への機敏な対応−−等々、枚挙にいとまがない。いずれも、対応を一歩誤ると化学工業全体が重大な危機にさらされる重要な問題なだけに、ご苦労が多かったと思う。こうした難問のクリアに果敢に挑戦し続けて下さった皆さんには改めて心から謝意を表したい。
 お蔭で現在の日化協は、ICCA(国際化学工業協会協議会)の中でも最も重要なメンバ−の一員として認知されるようにもなっている。

━取り上げてきたテ−マも良かったということになりますか。

 一般社会との関わりが大きく、しかも国際的な対応が大切な問題にはっきり重点を置いてきたことが大変に良かったと思う。しかも、国際的な連携のもとで極めて現実的に対応してきた。それに、決断と行動がともに機敏でもあった。周囲から「行動する団体」と呼ばれるようになってきたのも、そうした点が評価されてのことと言える。

━その日化協のこれからの基本的な使命についてはどう考えていますか。

 化学産業は、一般社会との結びつきをもっと大切にしていく必要があると思う。化学は、産業・経済のサステイナブルな発展に大きく寄与していける力を持っている。またそうした使命をきちんと果していくことが私達の基本的な課題と言える。
 しかし、そのためには各地の自治体の皆さんや消費者グル−プの方々とできるだけ多く接触の機会を持ち、率直に意見と情報を交換していくことが大切だ。そうすれば、世の中のニ−ズの変化がより正確に把握でき、同時に、一般社会の人々の化学に対する理解もうんと深めてもらえ、誤解や行き過ぎた非難などもかなり減らせるようになると思う。
 最近の日化協は、この点についてもずいぶん積極的に行動するようになったと評価されているようだが、これからは一層密度を濃くしていきたい。化学業界には多くの業界団体が存在しており、それぞれに重要な役割を担っているが、日化協が果たすべき大きな使命の一つは、いま述べたような手法によって一般社会との間にコミュニケ−ションの場を大きく広げていくことあるのではななかろうか。
 それともう一つ大切なのは、海外の化学業界団体との連携の強化だ。あらゆる問題が国境を超えて広がっていく時代なので、お互いに情報と意見を十分に交わしながら効率良く問題を解決し相互発展を図るようにすべきと考える。

━逆に言えば、化学に対する一般社会の理解は国際的にもまだまだ十分ではないということになりますか。

 ご指摘の通りだ。この問題には日本だけでなく欧米の化学業界も同じように頭を痛めている。
 周知のように、米国化学品製造者協会は今年になって団体名をこれまでのケミカル・マニファクチャラ−ズ・アソシエ−ション(CMA)からアメリカン・ケミストリ−・カウンシル(ACC)に改めた。これは、化学工業が産業・経済の発展や環境保全等に大きく貢献しているにも係わらずその実態が一般市民に知られないままきていて、時として誤解による批判を受けることもある点を重視し、化学の持つイメ−ジを変えたいと考えたことによるものと聞いている。つまり、ケミストリ−が産業や人の暮らしに不可欠なものであり、エレクトロニクスやバイオテクノロジ−といった先端基盤技術と同様に世の中に大きく役立つものであることを多くの人々に十分認識してもらえるようにするのが目的というわけで、その背景や狙いは私も十分理解できる。
 周囲の理解を得るには、化学業界自身がもっと積極的に社会や市民と対話することが大切であり、このため日化協も広報活動の充実には特に力を入れていきたいと考えている。

━化学工業の将来についてはどう展望していますか。

 いまは専らIT革命の時代と言われている。しかし、環境保全や医薬・食糧の安定確保には化学の高度な技術が欠かせない。先ほども少し述べたように、これからの化学は、産業全体の発展と人の暮らしの向上に一層重要な役割を果していくことになるはずであり、またそうあるべきだ。最近のデュポンは、「当社は、ケミストリーによる問題解決企業だ」と言い切っている。ケミストリーは全ての問題を解決できるとの強烈な自信に裏打ちされたセリフであり、私も同様の確信を持っている。

━ついては、日化協の当面の課題についても少し触れていただきたい。

 基本は、引き続き一般社会との係わりが大きい問題、そして世界全体で的確に対応していくことが必要な問題を重点的にカバ−していくことにあると考える。その実現には執行部の一層の充実と協会組織の改善が不可欠なので、就任に当たって副会長を一人増員して4人とすることをお認めいただいた。4人の副会長さんには私ではこなせない重要な役割をそれぞれ分担していただく。これによって、ICCAを通して世界全体の自由貿易の推進や化学の発展になお一層貢献していくようにしたい。
 当面、最も力を入れていくべきテ−マは、地球環境保全と、健康保持のための化学品の安全性の確保の2点ではないかと考えている。レスポンシブル・ケアの精神に徹して着実に成果を上げていくようにしたい。