「日本の石化企業はアジアのリーダに」

 

三井物産

基礎化学品原料部オレフィングループ主席

益子 潔 氏

K.MASUKO

 21世紀入りを節目に化学企業の間では石油化学産業の中長期のあるべき姿を巡っての論議が一段と活発になっている。

 この中で特に目を引くのは、厳しい国際生存競争を生き抜いていくための方策についてこれまでになく様々な考え方が打ち出されるようになってきている点だ。企業統合による経営の効率向上を追求すべきとするところもあれば、小規模企業同士のアライアンスにはあまり意味がないのでそれぞれが得意とする部門の育成・強化に専らエネルギーを集中していくべきだと主張する向きもある。世界全体の石油化学製品の中長期需給バランスについても企業によって見方がかなり異なる。

 こうした中で改めて注目されているのが広く国際的な情報ネットワークを構築している大手商社の見解だ。そこで、大手商社の中でも特に毎年きめ細かい国際需給展望をまとめることで知られる三井物産の基礎化学原料部オレフィングループの益子潔主席に最近まとめた中長期ビジョンの解説をお願いした。

先ずは、当面のアジア地域の需給バランスについての展望からお聞きしたい。過去半年の間にアジア地域で新増設された石油化学プラントの規模はこれまでになく大きいので今年から来年にかけては需給バランスが相当緩むというのが一般的な見方ですが…。

 確かに昨年春以降に完成して稼動に入った石油化学プラントの規模は大きい。けれど、世界全体の需要量の大きさを考えると、過去半年あまりの新増設がおよぼす影響はあまり心配しなくともよいと言える。
 例えばエチレンにしても、今年余剰となるのは世界全体でせいぜい100万トンと見てよい。需要は引続き手堅い伸びを遂げて、全世界の今年の需要量は1億トンに達する見通しにある。したがって、余剰量はそのわずか1%ということになる。
 ポリエチレンの場合でも、サウジアラビアの大型新増設プラントが全てフル稼働すると仮定しても、今年余剰となる数量はせいぜい60万トンだ。現在のアジア地域全体の需要量は年間1,400万トンなので、その4%強にすぎない。インパクトは小さい。しかも60万トン全てがアジア地域に振り向けられることにはならない。アジアよりも市場価格の高い米州や欧州にかなり流れていくと見てよい。

━しかし、今年は台湾やサウジアラビアの新増設プラントがいっせいに本格稼動に入るのに続いて第2・四半期中にはシンガポールでも大型新プラントが操業を開始すると見られています。従って、アジア地域では一時的にせよ需給バランスが大きく崩れるのが必至ということになりませんか。

 ポリエチレンなどは新増設の集中が響いて一時期は余剰バランスとなろう。しかし余剰量自体はさきほど述べたように大した規模にはならない。したがって余剰期間は比較的短期でおさまると見てよい。問題は、最近の新増設プラントがポリエチレンに偏っており、このため誘導品ごとの需給バランスに大きな格差が生じてきたことだ。

一方、中期の展望についてもお聞きしたい。例えばエチレンの需給バランスはどのように予想していますか。

 2005年までに完成すると発表されているエチレンの新増設計画量の全世界のトータルは最大で2,200万トンだ。一方の需要量も同じく2,200万トン増えるというのが私たちの予想だ。この場合は、現在のウエルバランスがそのまま継続するということになる。もっとも、投資計画の中にはとても実現がおぼつかないと言えるものも含まれているので、本当に実現するのは1,800万トン程度と見てよい。したがって、実際にはタイトバランスとなる公算が濃厚ということになる。

━もう少し先、つまり2010年当たりの姿をどう予想していますか。

 エチレンの需要は2010年までに4,800万トン増えると見ている。対する供給能力は、中東のいわゆるサード・ウエーブの1,000万トンと中国の1,000万トンていどにとどまる見込みだ。圧倒的に供給力が不足する事態となる。

━欧米の新増設はないと見ているのですか。

 これから石油化学で設備投資できるところは、中国を除いては価格の安い天然ガスの産出国が中心となる。西欧はその対象にはなり得ない。一方、米国の場合も、天然ガスの多くがクリーンエネルギーとして民生に回され石油化学原料としての利用が限定されていくのが必至なので石化プラントの大幅な新増設は無理となろう。したがって、世界全体では、中東がよほど大掛りな増産体制でもとらない限り、需給はタイトのままで推移していくことになる。

━そうした中で圧倒的な存在感と影響力を持っていくのが中東ということになりますか。

 そうなると思う。石油化学プラントの新増設は中東に集中し、その結果、石油化学製品全体にわたって中東勢が数量の面でも価格の面でも強力な影響力を行使していくことになると見ざるを得ない。
 もっとも、中東各国が絶対的な影響力を持つことになれば、中東各国も無理して製品を安く売る必要はなくなるので石油化学製品の価格は国際的に安定することになろう。

━その場合のアジアや欧米の石油化学工業の姿はどうなるのでしょうか。

 アジアにせよ欧米にせよ、多くの投資家は原料面で比較優位に立つ中東と真っ向からぶつかる戦略は取らないはずだ。それぞれが本来の守備範囲の中で、つまりそれぞれの本拠地で収益を確保していくことに専念する方向を目指すのではなかろうか。つまりは、現在の米国を中心としたグローバル・スタンダードは大きく姿を変え、中東、西欧、米国、アジアの4極の分極化の時代が始まる公算が濃厚と言える。

━アジア地域に積極的に進出しつつある欧米資本の行動パターンも変わっていくと見ているのですか。

 原料面で中東に太刀打ちできないアジアに対する投資意欲を引き続き持ち続けるとは思えない。それに、株価、利益至上主義のグローバルスタンダードはアジア市場では通用しなくなっている。

━中国は自製化に拍車をかけていくと思われますが…。

 中国政府が供給力の拡充に積極的に取り組んでいくことは確かだ。設備能力は着実に増えていくことになろう。けれど需要はそれ以上のテンポで拡大していくと見てよい。WTO加盟国になれば、農業の近代化と工業の充実をさらに大きく促進していくことになり、それに伴い石油化学製品の市場も一段と広がっていく。少々の新増設ではとても急拡大の国内需要をまかなえず、引き続き海外から多くの石油化学製品を輸入していかざるを得ないと見る。

━すると日本の石油化学業界のポジションはどうなると見てよいのでしょう。

 2004年の関税の大幅引き下げによって日本の石油化学企業は大きな打撃を受けると言われているが、私たちは実はそれほど悲観していない。なぜなら、先ほど述べたように中国の需要は汎用樹脂を始め今後もなお大きく伸びていく見通しにあり、また、アジアの他の国の需要もまだまだ増えていくと見られるからだ。関税が下がったからといって多くの国が一斉に日本に余剰玉を振り向けてくることはないのではなかろうか。
 そうした中で、日本国内では合従連衡が加速されてプレイヤーの数が減り、また、思い切ったスクラップ・アンド・ビルドの実施などで企業体質もかなり強化されることになろう。そうした抜本的な改革が着実に実現されれば、アジア地域で十分に石油化学産業でもリーダーシップを取っていける。日本のリーダーシップに対するアジア各国の期待は非常に強い。
 ポイントはタイミングだ。ぐずぐずしていると、欧米資本が“何だ、それならやはりわれわれが市場をいただこう”と言ってどんどん出てくることになる。その意味ではいまが日本の石油化学業界全体にとって大きな節目と言えるのではなかろうか。

2001.03.26掲載