化学業界の現状と行政課題

通産省基礎産業局長

岡本 巌 氏

 I.OKAMOTO

 「海外の化学会社の合併や買収など、アライアンスの動きが激しい。大規模だしスピーディだ。日本の対応はどうか、問い直されてしかるべきだ」と岡本局長。9月に産政局担当審議官から基礎産業局長に就任。基礎局には昭和57〜58年、総務課の課長補佐として勤めたことがあり、今回は2度目だが、「あの当時も産構法前で石化業界は大変だった。しかしいまはもっと大変。経営者はそれこそ真剣に考え、思い切った手を打たないと」という。

 貿易局、産政局、資源エネルギーと歩いてきた。言葉にも一本通ったものが感じられる。

—久しぶりに基礎局に戻ってこられ、いまの石化業界にはどんな印象を?

 基礎局総務課にいたのは昭和57年から58年にかけてだった。ちょうど業界は産構法論議のさい中で、ランブイエに調査団が出かけたりしていた。
 あの当時との比較で言うと、確かにいまは、総合化学会社の合併があったり、PPとかPS、塩ビなどで事業の統合や提携が進んでいる。一つの前進と評価していい。しかし、ビジネス環境や、市場環境をみると、およそあの当時は考えられなかったような大きな変化が、それも急速に進みつつある。
 その変化は、大きく3つある。1つは、欧米化学会社がビッグアライアンスを急テンポで進めていること。ことに汎用品では積極的に規模のメリットを追求している。グローバルマーケットを視野に入れて、各地に生産拠点を設け、効率よく製品を供給していこうとしている。

—確かに産構法当時とは国際的な環境が違います。

 そう。2つ目は石化から見たユーザー業界の動きだ。これもあの頃とは違うと思う。いまでは自動車、家電といったユーザー業界の間にもビッグアライアンスが進み、部品や資材の調達方法も大きく変わろうとしている。購入ロットをまとめ、パッケージで買って単価を下げる、といった方法がとられるようになってきた。これからはインターネットを通して、一番有利なところから買おうという、ネット取引の時代に入っていくだろう。
3つ目は石化製品の供給構造の問題だ。いまは輸出比率が3割も占め、とくにアジア市場には大変な量が出ている。しかし、これから中国を含むアジア地域あるいは中東に新設プラントが相次いで出てくる。いまの需要超過状態はそのうちに供給超過に一変すると予想されている。この1,2年の間に逆転するという見方さえ出ている。こうした点から考えると、内外市場環境はさらに激変していくことになる。

—石化業界にとっては、確かに厳しい経営環境になってきています。しかし、再編やアライアンスも進んでいます。

 一部の会社は合併,提携、アライアンスをやってきたにせよ、これで、はたして十分かと、さらに厳しく問い直されてしかるべきだ。海外ではますます大規模に、すごいスピードで動く。それに対して日本は、従来からの積み上げというアプローチにとどまっていていいのどうか。もっと思い切った再編、再構築をやっていくことが求められてくると思う。

—日本は原料費、物流費などが高く、「高コスト構造」といわれています。具体的にどう取り組めばいいと。

  素材研の報告にもあるように方向は3つあると思う。高コストを克服し、競争力をつけていくには、戦略的に方向性をはっきりさせていくことが大事だ。その3つというのは、1つは、汎用品をやるなら規模のメリットを生かせということ。2つ目はファイン、スペシャリティなど、技術力を生かして、付加価値の高い分野に集中する。3つ目はバイオなど将来有望な分野への展開だ。2番目と3番目に共通しているのは、研究開発にも設備投資にも、相当の資金が必要になるという点で、そのためのキャッシュフローをどう確保していくかだ。そのためにも石化各社は、ぜひ収益率の改善を図ってほしい。設備稼働率は高いが利益は出ないという“利益なき繁忙”ではいけない。その点を真剣に反省してほしい。石化は高い収益が確保できる産業であってほしい。速やかにそういう産業になってほしい。

—行政課題の一つに環境対策があります。

>  循環型経済社会の構築という観点から廃棄物・リサイクル対策や地球温暖化対策、有害化学物質の管理と、幅広く対策に取り組んでいる。化学物質管理ではPRTR法の施行を控えて3省庁合同で対象物質の選定作業を行っているところだが、これまでのところ順調にきている。もう1つ、化学品審議会ではHPV(高生産量化学物質)の点検プログラムというのをやっている。化学物質の安全性を体系的に見直し、評価する作業だが、化学業界でもICCAを中心に点検を加速させようと取り組みを急いでいる。
これからは、こういう問題には決してディフェンシィブにならず積極的に取り組む。そして一般市民に対して常に正確な情報を提供し、理解を得るようにしていくことが大切だ。

—それにしても、日本経済そのものはどうでしょう。実感としてはまだ回復に遠いという声もあります。

 明るい要素は出てきていると思う。政府も2次補正予算の編成に続いて来年度引き続き15ヵ月予算を組み、その中に新しい政策を打ち出している。これによって景気を下支えしながら個人消費、民間設備投資といった民需を喚起し、公需から民需へのバトンタッチが円滑に行われるようにしていく。失業率には多少落ち着きの兆しが見えてきた。鉱工業生産指数も若干プラスに転じてきている。企業の来年3月期の決算予想にも改善が見込まれ、株価も上昇しつつある。一般家庭の消費傾向も上向いてきている。反転に転じる兆しは見えてきたと言っていい。